序章・「大和」天空の旅立ち
ここまで天印「寶」の文字解釈とその解明すべき謎、そしてこれまでの調査経過と簡単な
道教・太上老君・黄帝などの予備知識を報告いたしました。
先にも触れましたが、この天印は『大漢和辞典』に載る「道」と「印章」「神」「たから」
というの四つの意味を有する神噐「寶」であると推定しました。しかしながら現在のとこ
ろ、私の知り得た限りの関係文献に、目を通しましたが、これら四つの深意を有する「寶」
が、歴史上「神噐」として実在したことを記録する史書を発見出来ませんでした。
この陶磁器を観つめ、『大漢和辞典』から「寶」の文字を発見したのは、まさに自らの五
感を総動員した成果です。
そして、魅惑を秘めたこの「天印」を観つめ続け、印文解読により徐々に調べが進む過
程で、この天印こそ『大漢和辞典』の示す「寶」であると確信するに至ったのです。
中国人は、司馬遷の史記を例にとるまでもなく、あらゆる史実を記録し、後世に正しく
伝える事を大切にしてきた民族です。しかるに何故この『大漢和辞典』に載る「寶」が、
後世の記述にその実体が記されてないのか、全く不思議な謎です。
この事を考える内に私は、ある結論に至りました。
それは、この天印が「神噐」であるが為、どの様な印文で、どの様な実像をしていたのか、
絶対権力者「皇帝」が制作段階から完成、そして後世に至るも秘密を保持する隠秘の勅令を
発した結果と推理しました。
そして天印が「神噐」であり、また中国皇帝の「寶」であり、道教の最高法印であるなら、
我々の想像もつかない英和の集積体であり、道教のあらゆる神秘の方術・秘術が駆使
され、「寶」の実相が秘密のベールにより隠されていると直感したのです。
もし、そうであるなら、逆にこの「寶」に術された、秘術・法理・法則を解き明かす事
こそまず必要であり、それが辿り得る真相解明への唯一の「道」であろうと考えたのです。
これは、非才な私の直感に過ぎません。しかし、ドイツの考古学者シュリーマンが「ホメロス」
の詩を手掛かりに、トロイアの遺跡を発見したと同様、謎を秘めたこの天印「寶」
を唯一の手掛かりに、遥か中国五千年の歴史へと旅立ちたいと思うのです。
恐らく、この秘密を解き明かす為には「中国思想」「中国史」「道教史」「陶磁史」「漢字学」
「易と陰陽五行」「道教方術」「中国古代の伝説」「獅子文化」「印章と篆刻」そして私が名付けた
「皇帝文化」・「渡来文化」等々あらゆる道を探る必要があると予想されます。
さらに、その上で道教の神秘の方術を考えると、通常の方法論では、とうてい、真相に
迫ることは、不可能であろうと想像され、従来の思考の殻を破るコペルニクス的発想が必
要と思われます。全く白紙の状態で予断をもたず虚心に当たれば、時として真実が観える
のではと、大胆にも考えたのです。
さりとて門外漢の非力は如何ともしがたく、その上でこのように調査の領域を広げれば、
本書の内容全体が、一定の深度に止まることはやむおえず、下手をすると私自身が混沌た
る中国史の大海原で遭難するやも知れません。
この事を事前にご理解いただき、読者の寛容とご協力を賜り、最後まで本書「寶」を一
読されんことをお願い申し上げます。
本書は、純粋な学術研究の書ではありません。さりとて、歴史小説・フィクションの類
でも決してありません。少なくとも、中国史の中で、今日まで歴史の空白となっていた重
要な史実、そしてその原因となった幻の「寶」の実像を広範囲に洗い出し、可能な限りの
方法によりその真実を炙りだし、より鮮明にして、世に問う書であります。恐らく、この
「寶」の解明の途中で、これまでの定説が覆され、数々の歴史的新事実が発見される可能
性があります。
印章の言葉に「方寸之間気象萬千」の諺があると聞く。
つまり方寸(印章)の小空間には大宇宙が秘められてあるという。
中国古来の宇宙観を象徴する言葉に「太極」があります。
この“太極”の文言から想像すると無限大と極小が一つになった、摩訶不思議な混沌宇
宙と思われ、印面は“気象萬千”で『大漢和辞典』の神・道・たから・印章から推測する
に、神秘の印文は、漢文化の神知、“太極”宇宙を創造したと考えられます。
現代科学は無限に広がる宇宙の果てと、超ミクロの粒子宇宙を同時に観測し、宇宙創世
の謎に挑んでいるという。
本書は恐らくこの極大と極小が同時に印籠された中国5000年の太極宇宙を旅する壮
大な冒険の書となることは必至であります。
これより一人でも多くの方々が、この方寸に秘められた太極宇宙「寶」未知との遭遇に
乗り組んで戴きたく、出来る限り簡潔に、その全貌を明らかにするよう心血を注ぐ所存で
す。
すでに命名した宝船「大和」の旗印は、紐に鎮護する獅子アポロです。
遥かな陶工達に負けぬ炎を燃やし、中国五千年の歴史、そこに横たわる「漢」天の川、
神秘の道教宇宙その“太極圏”に向けての大航海です。
日中文化の礎のため、身を挺する航海であります、神仏、祖先の御加護のあらんことを祈り
“かすかに光る北斗の明りを標に、いよいよ船出をすることにいたしました。