まず始めに、陶磁器についてなら、多少自信がある私でしたが、この「寶」を見たとき、
神秘的獅子の偉容もさることながら、獅子と印台に全く空洞が無い、持ち手の紐の獅子も
勿論であるが、果して印台47×70×70mmにも及ぶ方形の磁器を本当に、焼きあげる事
が出来るのであろうか?この点がまず大きな疑問でした。
高さ2〜3mの九谷や伊万里の大壷でも、口周りの厚さや底の高台の厚さが35mm
以上あるものは、殆ど見当たりません。そして自然窯で焼いた、それ以上の陶磁器は恐ら
く無いと思われます。しかもそれらの殆どは円形状ですが「寶」はそうではなく1mmも
誤差のない精密な方形です。
科学技術が進歩した今日ならば、粒子の測定や、熱管理などにより、もしかして可能か
どうかは分からないが、それでも登り窯に見られる様な伝統的焼き方では、恐らくまず不
可能と思われます。
この問題に関し、私は5年前、東洋美術が御専門の大阪市立美術館・現館長・蓑豊博士
をお尋ねし、「寶」を実際に見て戴きました。館長はこのような空洞が無く厚手で方形の焼
き物は“焼成不可能”と即座に答えられ、軽々に答えは出せない、一応中国の“自然石”
の可能性も想定しなくてはならないと衝撃的なお話でありました。短い時間の中、同時に拝見戴
いた、これまた中国の幻の壷・総瑠璃の壷に博士の関心が移り、突然の訪問にもかかわら
ず、陶磁器に纏わる会話が弾んだことを今も鮮やかに覚えております。
今年仮仕上げの段階の「寶」本をお送りしたところ、心暖かい手紙を戴きました。この
場を借り厚く御礼申し上げます。
重ねて、この重大なる問題に関し、近年、東京国立博物館陶磁室長矢部良明監修により「主
婦の生活社」から発表された『骨董の知識百科』の中で、全国11店舗の中に紹介され、
その鑑識眼は全国の業界でも高い評価を博している県内の文兆堂・西田社長をお尋ねしま
した。
社長は学生時代、窯業の専門課程を経ておられ、陶磁器に関し科学的な体験と豊富な知
識を有しておられます。氏は拝見して直ぐに「これを焼き上げる事は、今日不可能であ
る」「これは中国政府に返還すべき品である」と述べ、「陶印自体、初めて拝見した、この
様な陶印の文献や資料は、ほとんどなく簡単には見あたら無い」との驚きの談話でした。
蓑館長同様、正に陶磁器に“精通”しておられる方のお答えでありました。そして、さ
らに、この幻の「陶印」を尋ねるべく、市内在住の禅野氏を訪問いたしました。氏は中国
陶磁器の大蒐集家であり、中国陶磁器に関する書物も著されておられる兄(元・浅野セメント役員・
故人)と共に戦中、中国大陸各地を同行され、その審美眼は兄に勝るとも劣らなぬ人物で
す。
禅野氏の談によれば、「兄の影響もあって当時、中国各地の骨董店をくまなく回ったが本
印の三分の二程度の上手の陶印を一回見ただけであった」「その店の話によると、当時の中
国でも陶印は非常に珍しく、市場に殆ど出る事のない、貴重な品であるという説明を今も
印象深く覚えている」又「何万点の中国陶磁器を観賞したが、それぞれの好き好みもあろ
うが、この印は観賞陶器としても、中国陶器の十指に入れざるを得ない逸品であり、その
中で希少さにおいては、その第一等であろう」そして“焼き上げは私の想像を遥かに超え
る“との談話でした。
以上三氏の慎重なお話を踏まえ、その後の調査結果を以下に報告致します。
<陶磁器について> 焼き物であるとの判定でありました。 石川県九谷焼試験場(石川県寺井町)所長・技術者2名も同様99.99パーセントほぼ100% 焼き物であるとの判定でした。そして所長は、比重計算からある程度の成分予想はできる が、貴重な物と推測され、品物の素性が確定するまで、今はしない方が良いとのアドバイ スをいただきました。
<陶印について> ★『原色陶磁器大辞典』巻末文献45「加藤唐九郎」著に中国の『考槃余事』に「宋・明の 官窯に陶印あり、その妙、述べ尽くすべからず」とあるが、唐九郎氏も、長い陶芸人生で 実物を確認してはいないようです。(注・実はこの記述宋・明の記述が私の予断となり、 た。しかも一対の獅子の陶印でしたが、しかし確認して戴ければ一目瞭然で天印「寶」と は全く別物で、しかも造りが相当粗雑な著しく天印に劣る品であることが、一見して分か ると思います。またこの陶印の所在寸法その他詳しい説明がなされておらず、とにかく不 詳不明ですが、それでも貴重な陶印として載ったものであろうと推測されます。 せたところ、中国の長い歴史の中で無い事はないであろうが非常に希少なものであろうと のことでした。 ★ また著書や印譜を著し、日本有数の中国古印蒐集家の太田孝太郎氏(故人)(大正〜昭和 初期・中国天津支店〜盛岡銀行頭取)の寄贈品を有する岩手県立博物館に問い合わせた所 「結構、印の種類はありますが、今の所、古印1,000点の中にも陶印は無い」とのことで す。 い合わせましたが、陶印を見たり、聞いたりしたことは無いとのお話でした。 又静岡県の中国古印専門店「大和文庫」様も、愛好者の間でも、陶印の話しは出ないと の事でありました ★ 但し、本書仮仕上げの段階で東京日本橋「不言堂」を訪問いたしました。その若社長の 談によれば、たしか台湾の「故宮」に2点の陶印が展示されてあったと記憶する。しかし これほど大きな陶印ではなく、印象に残るほど立派な陶印でなかったとの談話でした。 いずれにしても陶印は、日本はおろか中国でも非常に希少なもので、今日の美術雑誌、 印章関係の本などに、殆ど載っていない幻の陶磁器です。 <印文解読> に数えられる、黒川総三先生の解読によるものです。 |
以上、これまで調べた「寶」の調査経過を報告しました。
次に中国の「道教」と、印文中央、道教の開祖である「太上老君」“老子”と、伝説の聖
帝「黄帝」を予備知識として簡単に述べ「寶」解明の本論に進みたいと考えております。
私の予感が当たれば、今日まで、世界中の歴史家が、だれ一人想像すら出来な
かった驚くべき史実、中世中国を動かした信じ難い“太極”「寶」の秘密が続々発見される
筈であります。
本書は中国5000年、史上最高の至宝と想像する神噐「寶」を探検する、航海誌でも
あります。本書、艦船の名称は『大漢和辞典』に因み『大和』と命名いたしました。より
多くの方々が、漢大宇宙“太極圏”を目指す“大和”に乗り組んで戴ければ心強く感謝に