序章・神噐『寶』

           印 面                       印 影
始めに天印「寶」についての、概要を示したい

と思います。

 中国古来に「陰陽説」と「五行説」と言う、宇宙

観があり、この二つの考えが合流した大宇宙観

を「陰陽五行説」といいます。

 印両側に印された、日界・月界はその、「陰」「陽」

説に由来するものです。印文中央に見える「太」

「上」「老」「君」「勅」の”五文字”は恐らく、この「五行

思想」を示したものと考えられます。

 五行思想とは「木火土金水」の五の元素から宇宙が

成りたっているという考えです。即ち日界・月界の「陰

陽思想」と中央"五文字”の「五行思想」を示す合計”九文字”に漢字で全宇宙を示したもの考えます。

 この中央、上から四文字「太上老君」とは、中国古来より伝わる道教の祖「老子」の尊称で”道教の神”

を現しております。その中央下「勅」は、この神の”教え”教勅を示したものです。

 そしてこの「勅」とは古来より、天子皇帝に添えられた”語”で「勅令」「詔勅」などに用いられる皇帝専用

の尊語です。即ち印文には、道教の開祖・太上老君「老子」と一心同体とする天子「皇帝」を同時秘めた、

神の印、神噐と考えられます。

 そしてこの「陰陽五行思想」の大宇宙を極限に現した宇宙観に「易」の「太極」があります。「易」は漢文化

の神知で、その太上に輝くのが、太極の光です。この”太極”の「太」とは”無限大”「極」は”極小”を意味し、

宇宙全てを極限化したものが"太極”であります。

 この神噐「寶」の印文”全九文字”は漢字で現した”太極”宇宙と考えられ、「太極とは天地未だ分かれざる

前、元気、混じて一と為るをいう」(『五経正義』)とある。

 この太極は、混沌宇宙から生じた陰陽五行思想と卦し、古代天文学の発達を促しました。そして、漢宇宙の

中心に不動の位置で星座する北極星・天帝の神霊化と昇華いたしました。

 古来この太極宇宙の創造主、天帝を道教では原始天尊とも呼び、その象微が北極星であるといいます。その

北極星であり宇宙の最高神、原始天尊の化身が印文、中央の「太上老君」とも言われます。

 天子皇帝は中華の玉、日界、月界、陰陽全ての宇宙を統治する天下”宇宙の王者”です。

 この宇宙の王者、天子皇帝を貫く神髄は「易」の”太極”を中央中天「太上」に戴く「陰陽五行」の宇宙観です。
重ねて、この印文には「老子」と共に、天子「皇帝」が同時に

秘めてあります。

古来、中国では王者の印を「璽」と呼称していました。

天印「寶」はこの璽印の「王者」の意味に、さらに道教の神が

重ねてあります。
                     
これは当然、天子皇帝の神聖かつ太上(最高位)の印、神噐『寶』

と考えてしかるべきものです。

『大漢和辞典』によると、約1300年前、中国の唐代に「璽」の王者の

意味に「神」「道」「たから」を加え、これを総括して「寶」と定めたと記述

されています。

ところが、この「寶」と改称した神噐が以降の、あらゆる史書、後世の研究書にも、その記述および考証の跡がありません。

本書では天印「寶」をこの神噐と観なし、史上初めてその神秘の実体に迫り、この天印が『大漢和辞
典』に載る約1300年

前の「寶」である事を立証したいと考えております。

 歴史上、中国皇帝は今日における我々の想像を越えた”絶対権力者”であります。

 「神」と「皇帝」の意味を合わせ有する神噐「寶」であるなら、その制作は我々の想像を遥かに超える”完全無欠”

の吉相印として、当時の芸術・科学・哲学・その他すべての英知を結集・凝固し、天に祈って焼き上げた”完璧”なる

神噐であると想像されます。

 神噐・天印「寶」は、全宇宙の中心に鎮座し、中国古来より伝わる道教の真理「道」の深淵を説く神仙・老子の御姿

を”漢字の国”である中国が”究極の九文字”の篆刻で描いた”神仙座像図”と思われます。

 又、この神噐「寶」は中国思想の深淵なる謎と、驚くべき史実が封印された幻の「寶」と想像するのです。

 私は三十年に及ぶ、陶磁器の遍歴で、これほど不可思議で魅惑に満ちた磁器は皆無でありました。おそらく、芸術

的価値だけでも、中国の逸品と言われるものに、遜色はないが、先に説明した印文の内容も考え合わせると、一般の

陶磁器との比較を遥かに超えた、比類なき歴史的文化遺産であると想像されます。

 陶磁器制作に携わっておられる方々にお聞きすると、自然火力でこの天印「寶」の印台の様な、空洞のない厚さ約

5×7×7センチの精密な方形の磁器を焼き上げるのは、不可能であろうとの談話です。

 恐らく天印「寶」は、それまでの玉で作った「璽」印に飽き足らず、「寶」と呼称を変えたとき、印材を陶磁器と定め、当

時の史家、道学者、儒者、陰陽師、絵師、篆刻師、陶磁器製造、各技術分野のエキスパート、その他すべての英知の

極を集め、時の皇帝の勅令により、後世絶対に模倣や贋物の出来ない無比の印、未来泳劫に制作不可能な「寶」を制

作したものと想像するのであります。(天印は太極をプロデュースしたもので、本書は制作の「製」の文字に「制」を配当

する)

 それは悠久の歴史に祈り込めた、皇帝をはじめとする全ての民衆の願いであり、道教の開祖・太上老君への崇拝の

念から形づけられ、歴史に埋もれた陶工集団の想像を絶する技と執念、炎の奇跡が生んだ「寶」であると考えるのです。

 恐らくこの「寶」は、本書において解明が進みその最終調査結果が出れば中国五千年の歴史で創造された全ての

文化遺産その「太上」に輝く極「一」無比の「寶」となるに違いありません。私は神噐・太極「寶」は、恐らく当時の国家的

大事業であったと考え、二十世紀の壮挙アポロ11号に因んで、紐の守護神・獅子王(「大漢和辞典」白澤)の呼び名を、

中国の”アポロ”と名付けています。

 今こそ、その歴史の封を解き、深淵なる「寶」の扉が開かれんことを切に願ってやみません。

総重量480g
                             

実寸法70mm×70mm