☆第8章8・日本の「寶」

 

この第8章は8爻し、64卦の意味も含ませて構成しましたが、その内で本爻は特別に配当した聖

域、すなわち64卦・太極と昇華した日本民族の「寶」を本書を記念して後世の為に記しておきたいと思

います。

初めに、国民の一人一人全てをあまねく照らし、その余りの偉大な光のために、私たちがその光の

中で生かされていることを平素は、ほとんど気付かずに生きている日本民族の「寶」を、謹んで今一

度御確認願いたく一筆啓上させて戴きます。

道元禅師が“春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬は雪冴えて涼しかりけり”と詠んだ大和の国、四

海を海に囲まれた日本です。大きくは四島から成る、その本州はば中央に聳える“富士の山”は、日

本人の心の拠り所です。叉、日本を象徴する清楚な“菊の花”と共に、“桜の花”が春には南の島々

から、北の端まで北上し、全ての人に等しく春を告げます。

暖流と寒流は豊富な“海の幸”を恵み、この山河に恵まれた国土は縁に覆われ、実りの秋には豊か

な“山の幸”を恵んでくれます。

“春夏秋冬”の色合いは鮮明で、それでいて穏やかに、時に厳しく大自然のパノラマを織りなし、

程よい“湿度”を含んだ気候と‘‘変化’’に富んだ四季は絶妙の色合いを奏でます。この四方を海

に囲まれ、地勢学的大いなる恩恵をうけ、勤勉で多感・柔和、好奇心に富み、情感豊かな民族性が育

まれました。

元来、基本的に戦を好まず、平和を志向する民族性が、長い歴史の中で培養されてきました。古来

この国を「大和の国」・「大」いなる「和」の「国」と称したゆえんです。

また大陸との“絶妙な距離’’は民族の自尊自立を保ち、思考の「間」を生み、近代まで政治・文化・そ

の他あらゆる事柄を取捨選択し、民族合意のもと、独自の文化を形成してきました。この地勢学的風

土に育まれた日本人は、先に述べた通り、元来異民族との戦争を好まぬ「和」の国でしたが、それで

も長い歴史の過程で、幾度かの悲しい歴史もありました。

明治維新の開国により立ち遅れた近代化を計るべく現代に至る歩みの中で、島国民族、農耕民族、

沿岸狩猟民族、技能多芸民族、商人民族などの気質が相俟って、真面目で、純粋、多感そして時とし

て集団的性急さ、直情的気質などが民族の短所と化し、結果として諸外国に対しても、また自らも大

きな苦痛を味わう痛恨の歴史を記しました。

そのため戦後50年、平和国家として他国に範となる、涙ぐましい努力を積み重ねて来たことは、承

の通りです。

この気候風土に育まれた勤勉で豊かな感性を持つ大和の民族は、この天印「寶」が隣国中国で創造され

る遥か以前より、北から、南から、人とあらゆる文化の情報を入れ、長い歴史の中で、それ以前の土着

自然信仰や民族観など、固有の文化と融合させ、それを醸造発展させ、文化の原形を形成しておりまし

た。

この大和文化(民族)の源流は、戦前に故直良信夫氏が生前学会からついに認めて貰うことの無かった「明

石原人」(約12万−5万年前)などの、我らの祖先達であります。彼らはすでに道具を生み、日月に

祈り星に思い馳せ、諸々の自然神を生み、大和文化の源流を醸造していたでのです。

明治新政府以来、近代欧米のあらゆる先進技術を、東南アジアなどの後進国に先駆け、東洋の奇跡と

言われる驚異的期間で吸収し、自らの文化となしさらにそれを変様させ格段に次元を高め、逆に世界に

発信したその原動力は、それ以前に例えば平賀玄内などの世界に誇る逸材を生む下地があったからで

す。寺小屋などに見られる様に、当時も教育的裾野は広く身分を越えて世界のトップ水準でありました。

それと同様、深い歴史と高い文化を誇る大和民族は、紀元前より外界から、吸収・消化し、それを固

有の文化に融合させ、更に整備・発展させていたのです。

特に隋唐時代は大陸より文化を貪欲に吸収し、固有の文化、固有の民族観と整合させ、さらに次元を

高め、わが国の土壌となしました。

「古事記」や「日本書記」を書き著す遥か昔、太古と呼ぶに相応しい時代より、大和民族の王、現在

の象徴『天皇』の遥か祖先の元、一致団結し民族の融和を自然に計り、文化的下地はすでに、地勢学

的風土によって育まれ自然に備わっていたのです。

その当時より大陸の文化を理解・吸収・分別すべく、深い潜在能力を有し、自らの裾野の広い文明を

誇っていたのです。

奈良時代も明治維新も、そして廃墟から立ち上がった時も、時代の先進文化を受容する地下水脈は、

民族の遥か太古の源流より溢れんばかりに流れていたのであります。

この受容精製し次元を各段に高めた文化その象徴が『天皇』であり、源泉がどうあれ、また歴史過程

で曲折があても、「天皇」の尊位それ自体は文化そのものであり、民族の象徴でありますから、全く

問題はないのす。

正に、今日の象徴『天皇』は、紛れもなく我々民族文化の象徴『寶』でおわします。

それは、国家としてのおぼろげな神話の時代その遥か以前より、必然的、自然発生的に“主”と

して崇拝される、統合の“象徴”でありました。人間と動物との決定的違いは、人間が高い文化を

有していることです。そしてその文化は、その国の風土と長い歴史に育まれ、祖先の犠牲と努力によ

り築き上げられたものます。正に体内深く秘めた、民族文化の“DNA”とも言うべき「寶」です。

その日本文化の象徴が『天皇』であらせられます。まさに民族の遥かな祖先たちが、弛まぬ努力で

醸成した文化の北極星「寶」が、象徴『天皇』です。ご存じの通り日本は資源に恵まれず、あるのは

豊かな水と勤勉な人的資源くらいです。

この民族が諸外国から、資源や技術・文化を輸入し精製し、より高め再び世界に還流して国家を営

んでいるのであり、人的資源くらいしかない”無”の国が、高い質を“有”する文化を生み出し、世

界に還流する「道」の実践国です。

世界の文化に大きく貢献し、有益かつ無くてほなら無い国です。

剣道・相撲道・華道・茶道・柔道・空手道などの文化を見ても、正しく“道”を体現している国です。

それらは「道」の世界、人間をより観つめ、精神的“道’’を具体化し、より昇華した文化です。それ

は世界に広められ、今やその国の文化とし根付いたものも多々あります。日本人は多様な文化の中

に崇高な精神世界を希求する民族です。

その崇高な文化の象徴が『天皇』であらせられます。

いかに地球規模で、行動範囲が広がり、多様な価値観が生まれようが、常識と深い知性を秘めた真

の国民は、富士の山に限りない誇りを抱くが如く、日本の象徴『天皇』に対して、深い畏敬の念を抱

くのです。

世界中の国々が、羨望と尊敬の念で憧れる今や世界文化の遺産でもあり、日本民族永遠の「寶」です。

果てしない歴史の中で、今日の偉大な文明を造り上げた大和民族の弛まぬ努力の結晶は、ひとえに

民族の象徴『天皇』の元、一致協力し“和”をもって尊んできた賜物です。

『天皇』という象徴の存在は、私たち民族の祖先が弛まぬ努力で築き上げて来た文化の象徴であり、

私たち自身であり、国民自身の文化の象徴なのです。

崇高なまでに昇華した「寶」「天皇」は神聖な民族の聖域であります。そしてそれは、人間『天皇』

個人の拝察の出来ない貴い犠牲の上に国民が戴いている「寶」なのです。『天皇』を軽んじるこ

とは、自分自身はもちろん、祖先と愛すべき全ての隣人の軽視であります。

もはや1300年前、この偉大な天印「寶」の神知は、大和の国の「寶」の中に、太古よりの固有の文化

に溶け合って、全てなにごとも無かったかの如く自然に溶け込み、とこしえに我々の精神世界の中心

に星座し、私たちを見守って戴いているのです。

この文化の象徴『天皇』を前近代的とお考えの方は、長い歴史の中で培われて来た、豊かな文化の否

定であり、自の尊厳は勿論、隣人の真の幸せを否定する方々です。その様な方は千回、万回生まれ変

わられても、この「寶」の解明はおろか、「寶」がもつ真理は未来永劫にお分かりいただけないで

しょう。

かくて日本には、すでに世界に誇るべき、永遠の「寶」・象徴『天皇』が民族の遥か頭上高く輝いて

います。

そして「寶」究明の航海中、豊かな良識と真の知性を有する方々が決して少なく無いことを知

りました。決して目立たないが、深く民族の「寶」を守るべく、自らを研鑽し絶えず深め

ておられる“真”の“人’’が少なくないことを知りました。決して自らに甘えず、不平を

わず、苦しみを他人のせいにせず、感謝の日々を生きておられることを教えて戴きました。そし

てこの“真の方々”は、等しく日々の中で、『天皇』に対し深い畏敬の念を払われておられ、私

が抱く心配は杞憂であることを確信致しました。

深い確信と安堵のもと、天印「寶」は、日中友好の希望の「寶」として返還する事を、ここに宣言

致します。

著者の個人としての命の証し、私の「寶」は、この著書中、深く納めました。今年は、故田中総理

が決断されて、日中国交が始まって早25周年と聞きます。

「寶」が日中友好の永遠の架け橋の一つとならんことを切に願うものであります。

 

              平成9年4月29日