第4章2・嵌入の雷紋
雷の神「雷公」は、「白澤」と同様「黄帝」の臣下で、天印「寶」の守護に欠くべからざる
重要な神です。
太古より黄河、長江の流域で主に農耕を糧に生きてきた中国の民にとって、乾季などに
風神、雨師を従え、号砲一発、恵みの雨をもたらす雷神は、三神の親分格で、最も恐ろし
く又人気の高い自然神です。
この雷の轟は天帝の実在を証明するものであり、その怒りは、時として遥かな天山山脈
と黄土高原の山肌を鋭くえぐり、黄河を一気に憤怒と化し、龍を呼ぶ。そして、陰陽を分
け天を裂く雷は、一閃、太古の木を立ち割り、火神(陽)を呼び寄せ、火は山並みを嘗め
尽くす。
陶磁器に生ずる嵌入は、「水」(陰)と「火」(陽)の戦い、雷公の雷の閃光は、陰陽の兩
気が相激し生ずるものです。
古来宗廟に備える「鼎」やその他の宝器には「雷紋」がほどこしてあります。『道教大辭
典』(文献67)に「五雷」は木火土金水の相成相剋、陰陽の働きにより生じるとあり、「寶」の
五面、即ち印面と印台四方側面に嵌入があります。しかも獅子の台座の余白部分、天上界
には殆ど嵌入は見られません。陶工の言語に絶する壮絶な戦いが観えます。驚きを越え言葉を失
います。自然の恵みに生きる、農耕の民にとって、自然神の象徴的存在の雷公とその「雷
紋」は、天印「寶」に当然欠くべからざる紋様です。
印台の雷神を現した“嵌入”は明確な創意をもって、神仙降臨時の雷を”嵌入”したのです。
『大漢和』に嵌入の「嵌」の文字は、「山の深い様」「山が険しい」「はめる」「ちるばめる」
「雲雷紋片」とあります。
重ねて明記する。天印「寶」の“嵌入”は、側面の風神・雨師を現わした、雲に重ね“嵌めて”
三神を秘めたものです。
陶磁器製造の際、如何ともしがたい制御不能な炎の雷、それが嵌入です。この方形の制
御不可能な印台に、さらに「甄陶」聖王が天下を治める神噐を創造する為、不可能を制
御した“神技”です。
今日世界中の陶工が結集して「自然窯」で再現を試みても、永遠にこれは不可能の聖域
であろう。
未来永劫制作不可能な神噐「寶」を、窯に設けた祭壇の火の神に、絶えざる呪文の祈りを
捧げ、四半世紀、約24年の歳月をかけ焼き上げた奇跡です。