1章・印材



中国王朝歴代の皇帝、象徴の印は、古来より「玉」で作られた「璽」という宝印でした。

ところが、唐代、史上初めて呼称を「璽」改め「寶」と致しました。そして序章で触れま

したが「璽」は、即「王者」の意味ですが、その王者の印を「寶」と改称し、それに「道」

「神」「たから」「印章」と正したのであります。

それが、本書が戴く“太極”を具現した神噐「寶」と推論するのです。

それでは何故、古来よりの王者の材質「玉」を改め「陶印」としたのか?盛唐の歴史を

通観し以下の要因にて陶印「寶」と改めたと考えます。

@     伝説の聖帝達が天に戴いた天の道理に従い真の天の子、天子が帝位に就いた事を天下

    に示す為。

A     政道を元に正し、天の道理に照らされた新時代の到来を天下に示す為。

B     唐朝の皇宗である道教その神髄を貫く、易・陰陽五行思想その太上に戴く太極を神噐

 「寶」として具現する為。

印文に刻まれた「日界」と「月界」は「陰陽の思想」を現します。

印文中央に「五文字」を配当したのは「五行思想」を現したと考えます。

唐代・盛唐の宇宙観は、易と陰陽五行思想その太上に戴く太極の真理に貫かれたもので

した。

五行思想は「木火土金水」五つの元素から宇宙が構成されているという考えであり、

磁器は、まさに、この「木火土金水」の五行の「五材」を使い、焼き上げた“道”“具”、

即ち「道」を“具現化”したものです。

まさに日月の陰陽二気が交感し、印文の中央五文字により五行の循環“相生相克”の活

動が開始され、宇宙創世の“道”が展開されるのです。そして、この「道」とは唐朝の皇

宗「道教」の真理です。

『大漢和』に「陶治」と言う言葉があります。直訳すれば“焼き物を治める”でありま

す。これを『大漢和』は「善政を施し、民を和すること」と訳しております。同様に、焼

き物を焼く意味の「甄陶」は「聖王が天下を治める事」とあります。

正に「寶」は玉や金でない,陶印たる必然が厳然と生じるのです。

天子である皇帝の「寶」の材質を史上、初めて“陶印”と決定したのです。

王者の象徴を道・神・たから・印章この四つの意味を有する「寶」それは即ち神噐であ

ります。

当然それは天下の大吉、完全無欠の吉相印『完璧』でなくてはなりません。また天上

天下、未来永劫、無比の陶印でなくてはなりません。

後世に絶対模造や偽物の出来ない、いや焼成不可能な陶印を制作せねばなりません。

当時の人々は、道教の神々の中の最高神を「元始天尊」と呼称し崇めています。

そしてこの天地創造主、元始天尊は北の空に不動の位置で星座する「北極星」に宿ると

考えていました。

この北極星に捧げる神噐「寶」を陰陽の二気の交感により五行相生相剋の連動により焼

き上げたと考えるのであります。

重ねて陶磁器の全ては五行思想の五材、木火土金水で制作されます。

以上、当時の道教宇宙観により神噐「寶」の印材は、陶磁器と決定されたと考えます。

唐代の焼き物で今日我々が一般に知る代表格は唐三彩と呼ばれる“陶器”ですが、この

時代“唐白磁”という“端渓の硯と共に天下に貴賎なく用いられた”と言う磁器も同時期

誕生しております。

そしてこの獅子の焼き物は陶器ではなく、“磁器”であります。

恐らくこの神噐「寶」誕生のドラマは陶器から磁器に変わる中国陶磁史上、決定的な役

割を果たした“起爆剤”と推論するのです。

この唐白磁の至宝、神噐「寶」誕生の生みの苦しみ、果てしない試行錯誤により遂に中

国陶磁史上、本格的磁器の時代を迎えたと考えるのです。そしてこの太極を具現した神噐

「寶」、無比の陶印が、どれ程、再現不可能な奇跡の焼き物であるかは、全編を読観とうし

て戴ければ、お分かり戴ける筈です。

今日世界中の陶工が一同に集まり、伝統的古来の手法で焼き上げを試みれば、その再現

は間違いなく奇跡を期待するしか道はないでしょう。しかしもし奇跡的に成功した場合、

その係る経費は天文学的数値を示すに違いありません。

これより、この「寶」がいかに再現不可能なものか、そしてどうしてこの獅子の造形や

印台側面の情景、全体色その他が決定されたか、隠された完璧の壮大な謎を解明して行く

事とします