第七章(一) 『方円の器』



いつの頃か伝説の器として「方円の器」が伝わる

「方」は四角、円は円形です

それが一つになっている現実的に不可能な器です

その言葉の由来さえ定かでありませんでした

本書、第2章(十八)「漢宇宙A」の中の@でお話した天は○、地は四角と言う古代の宇宙

観「天円地方」を想起してください

この古代の漢宇宙観と、以下の「老子」の深遠なる「道」の哲理が暗合して、「方円の器」

伝説を生んだのです

それでは紹介いたします

 

 『老子訳注』(文献112)に解説される「老子五千言」を観ると次のようにあります。

第八章 ”最高の善は水のごとし”と説く。

 第四十章 ”最も四角な噐には「かど」がない”と説く

        
”大いなる象は形が無い”と説く。

「水」は方と円、既ちどの様な形状の器にもおさまり、最高の善は水のようなものであると説かれ、古

来水は「方円の噐」に従うといわれます。

 最も四角な噐には角がなく、その大なるものは形すら無いと言われ、この様な噐を「道」なる「も

の」(噐)であると言っています。

 
この老子が残した文言の解釈が、後世に「方円の噐」の伝説を生んだものと考えられます

 しかしそれは、あくまで実現不可能な、空想の噐と今日まで考えられてきました。


まさに「寶」は実現不可能な道・具、「方円の噐」です。

「天円地方」で獅子の頭はドーム状の円、印台は方形ですが、これを持ち出さなくても、印台は皇

帝の天下、世界です。

老子は大きな噐は角も形も無いと説きますが、「寶」は無限の神知が内蔵された”測量不可能”な


天子・皇帝の巨大な天下・宇宙を印籠した方形であります。

既ち「寶」は形があって、形が無い、太極を印籠した、史上始めて、具現化された「方圓の噐」で
す。


 司馬承禎が『坐忘論』および「得道の条」で述べる、「道は形神を易」える、「形と神の合一」と説
く、

その深く秘めたる、その深淵には明確に方円の器、「寶」が観えるのです。

 正に想像すらも出来ない、そして合体不可能な「方」と「圓」を、一つの形にした”方圓の噐”を焼

き上げたのであります。

「寶」の印で述べた、無と虚、虚と有、無と有表裏一体、陰陽表裏一体、「方」もまた「円」と表裏一体

です

 偉大な司馬承禎は、開祖老子の説く「道」の「噐」”方円の噐”を発明したのです。

そして、その偉大な功績一切を「無為自然」の道に委ねたのです。

 正に老子の再来として、道の大道を歩む司馬承禎です。

伝説の器、幻の器、“方円の器”遂に現る!!!!!!!

平成19年3月7日