第五章()    『火神と篆刻士』


   

神噐「寶」の陶土は天下大吉の白磁です。

獅子の造形はあらゆる神話・伝説・故事に則り、喧々諤々の論議の果てに決せられた

全体色は白を基調に天地人三彩の色です

印面は「老子」「黄帝」伝説そして国土豊潤、中華の黄色と決定されました。

そして印台は神仙降臨と自然神、雷神風伯雨師を秘めた嵌入と雲の情景です

寸法は、印面が天子皇帝の天下は無限大の「九寸」。

そして天地の高さは、勿論「一」と「五」の数位「一寸五分」と決定されました

窯場はこの後、第七章()で詳しく述べますが、皇宗道教の、全てが生まれる「玄牝の門」

森羅万象の妙理が発祥する「衆妙の門」の天理に叶う聖地を北極神に占う

そして未だ歴史の謎である神噐焼成の窯場は決せられた

王侯貴族の墳墓に入れる明器の製造は全て請願制の勅令を発し、中国全土の陶工は、窯場

に招集された

勅令の窯場は東西南北と中央、合計五つの窯が造営され、さながら天円地方を象るピラミ

ッドです。

窯は方形三層で、最上部は天を象るドーム状です。

その頂上には五色の幟が各々の窯にはためく

五行は陰陽が交合し「木火土金水」が相生相剋する処、「五」は易の陽爻で天の位です

中央の大檀には、五色の土を盛り、山海の品々が供えられる。

祭壇両側には日月の旗が翻る

道冠を戴いた道主皇帝玄宗が百官を従え、中央道檀に正座する

そのおん前、火神を招来する護摩が焚かれ、老荘の再来と謳われる道士司馬承禎が、天地

人、三法を象する秘法の印を結び、陰陽の呪文を唱える

真北、北極星の方角に向い唐朝の祖霊に祝詞を奉じる

さらに四方を拝し、邪気を祓い請神の呪術を捧げ、「寶」焼成の祈りを奉ずる

おびただしい数の道士がそれに合わせ天磬・地鐘、陰陽のドラを鳴らし、樂と太極の舞を

奉ずる

全ての窯に火は入れられ請神の儀式は終わる。

以後、請神の呪術は、他の多くの道士達により昼夜を問わず、「寶」焼成まで何時果てると

も無く唱えられた。

陰陽の激突と五行、相生相剋は四季と歳月を消し去る

歳月は流れ、混沌を脱する時が来た、陶工達の執念、祈りであった

遂に「陶治」五行を制し、「甄陶」天下を治める時が来た

「寶」は厳重に警護された謎の篆刻士が待機する、神殿の工房に移された

 



 焼成された「寶」に要した延人員は、

我々の想像を遥かに超え、幾千幾万の焼成の繰り

返し、陶工達の壮絶な戦い執念により寶は焼成成る。

それは彼らの命の結晶であり「寶」でもあったのです。

 

当代随一の名工と噂される篆刻師であっても、磁器であり神噐完璧を彫ることは至難を超えた

神技の極地です。失敗は五族、九族におよぶ死を意味します。

恐らく陶工達が費やした日々と同じ歳月を、この篆刻の習熟に費やしたであろう。

斎戒沐浴、心身一切“無我”の境地です。

 印面の鑿跡に、不動の中にも薄氷を踏む篆刻師の、ひと打ち、ひと打ち、“魂”を打ち

む祈りが観える。

未完に終わった陶片で、いかに技を磨くとも、天地開闢、五行相生相剋が天下の印面に残

した“嵌入”は千変万化です。

篆刻師が振るう、最初の一撃は、中央・中天と表裏する、陰極の「老」天地創造・万物始

成・天地開闢の“一打”です。

“心技体”鍛えに鍛えた篆刻師、入魂の一撃は、神宮の静寂を破る。

全身の神経は、逆立ち、印面の一点、一点に集中する。

鑿の角度と打ち降ろす衝撃力は時の刻みと変わることはありません。

鑿音は時を刻み、歳月は陰陽凹凸を祭立たせ、印面・天刻宇宙の全貌を次第次第に現す。

ただ一度、一撃の失敗は、漢大宇宙の終焉、万死を意味する。

神宮は静寂の霊気に包まれ、時すらも無の底に沈み、吐く息さえ透き通る無我の境地です

神技の鑿音だけが正確に時を刻む・・・・・・・・・。

 文字神「蒼頡」に祈り、陶工達に負けぬ篆刻師としての執念です。

・・ただひたすら、「陽文陰縵」陰陽の“道”を彫り進む・・・・。

 四季は巡り巡り、差し込む光も和らぎ、早春の息吹が神宮に漂う。

 天地開闢の最後の一撃、万感の気を振るう・・・。

・・・・・・。

 かくて、太極「九文字」天書「寶」成る。

 神字「老」に「三清」と「北極神」の全ての願いを込め、鑿を置く。

全ては「陽文陰縵」陰陽の道で天刻した太極の「寶」です。

 そこは神噐「寶」誕生の地であります。

 窯場は既に聖地として一掃されました。

帝都はすべて準備を終えています。

万民あげて祝典の準備は万全であります。

 瑞祥の改元は、「天」より“戴”きし「寶」です。

 年号は無論、天の「寶」、「天寶」と改められました。

 神噐完成の式典は荘厳華麗を極め、「寶」は社稷の東方・宗廟の地「洛陽」に創建された

大伽藍の「玄元皇帝廟」の玉座に安置されたのです。

1300年の時空を超え、玄宗の胸の鼓動と万民歓呼の声が聞こえてきそうです
 

                                           
平成19314