第四章(五)『嵌入の雷紋』  



 説明は後先になりますが、獅子「白澤」と並んで雷の神「雷公」は道教の始祖「黄帝」

 の臣下で、神器「寶」の守護に欠くべからざる自然神です

太古より黄河、長江の流域で主に農耕を糧に生きてきた中国の民にとって、乾季などに

風神、雨師を従え、号砲一発、恵みの雨をもたらす雷神は、三神の親分格で、最も恐ろ

しく又人気の高い自然神です。

この雷の轟は天帝の実在を証明するものでもあり、その怒りは、時として遥かな天山山

脈と黄土高原の山肌を鋭くえぐり、黄河を一気に憤怒と化し、龍を呼ぶ。

そして、陰陽を分け、天を裂く雷は、一閃、太古の木を断ち裂き、火神(陽)を呼び寄

せ、火は山並を嘗め尽くす。

陶磁器に生ずる嵌入は、「水」(陰)と火(陽)の戦い、雷公の雷の閃光は、陰陽の兩気

が相激し生ずるものです。

古来宗廟に備える「鼎」やその他の宝器には「雷紋」がほどこしてあります。

『道教大辭典』(文献67)に「五雷」は木火土金水の相生相剋、陰陽の働きにより生じ

るとあり、「寶」の五面、即ち「印面」と印台「四方側面」に明確に嵌入が見えます。

しかも獅子の台座の余白部分、天上界には殆ど嵌入はありませ。

この印台五面の嵌入は五雷と言って制作段階からの絶対条件の一つなのです

「五」の数位は皇帝の数位と説明いたしました

白獅子の鎮座する所は天上界、五面は雷風雨にさらされる五行の現世です

嵌入の「嵌」の語訳は「ハメル」です

明確な創意で“入れ嵌め”られた!!!!!のです。

陶工の言語に絶する壮絶な戦いが観えます。

驚きを超え言葉を失います。

自然の恵みに生きる、農耕の民にとって、自然神の象徴的存在の雷公とその「雷紋」は、

「寶」に当然欠くべからざる紋様です。

重ねて印台の雷神を現した“嵌入”は、明確な創意をもって、神仙降臨時の雷を“嵌入”

したのです。

『大漢和』に嵌入の「嵌」の文字は、「山の深い様」「山が険しい」「はめる」「ちりばめ

る」「雲雷紋片」とあります。

重ねて重ねて強調致しておきます

「寶」の“嵌入”は、側面の風神・雨師を現わした雲に重ね、“嵌めて”三神を秘めたも

のです。

陶磁器製造の際、如何ともしがたい制御不能な炎の雷、それが嵌入です。

この方形の制作不可能な印台に、さらに、「甄陶」聖王が天下を治める神噐を創造する為、

雷紋を嵌入する不可能を制御した“神技”なのです。

今日世界中の陶工が結集して「自然窯」で再現を試みても、奇跡と不可能の聖域であろ

う。

未来永劫制作不可能な神噐「寶」を、窯に設けた祭壇の火の神に、絶えざる呪文の祈り

を捧げ、四半世紀、約27年の歳月をかけ焼き上げた奇跡の陶磁器です。

「寶」側面の激しい“雷気”が、私の謎解きへの原点なのです。

                                                                                 平成19年3月3日