見渡す限りに広がる銀河の海原は太極圏ですが、この“太極”とは、中国5000年、漢文化の神髄、思想の根源です。
私はこの太極の文言についてこれまで正面から取り上げた著書を今の所“多くを知らない”。
“多くを知らない”と書いたのであるが、実はこの、神噐・太極「寶」の旅路で殆ど目に出来なかったと言って過言では無いのである。
平成11年12月現在、日本▲民俗学の第一人者・学習院女子短期大学非常勤講師☆吉野裕子博士の著書を除いて。
これは驚くべき事であった。
この神噐「寶」は、実は「太極」を、この一種の「器」である陶印で、具象化”、即ち“具現”した器である。
私の「寶」本のタイトル自体・「太極」としても、何等不思議では無いのである。
したがって『太極』のコーナーは、「寶」本全体を貫く、神髄であるので、ホームページ全体を理解して戴くためにも、多少詳しく説明しておかなければなりません。
また世紀の「寶」発見を記念して設けられた、懸賞総額500万円の★(53)『和漢太極寶歌』の謎を解くためにも貴方に、この太極の真理を理解してもらはねばならない。
『現代哲学事典』(講談社)にも、この「太極」についての解説は無かった。そこで早速、吉野博士の「太極」の解説と『大漢和辞典』の記述を掲載させて戴く事とします。
「混沌と太極」
中国古代哲学によれば原初唯一絶対の存在は「混沌」。この混沌から陰陽二気が派生し、陽気は上昇して「天」となり、陰気は下降して「地」となったという。
孔頴達(くようだつ)は、「太極とは天地未だ分かれざる前、元気、混じて一と為るをいう」(『五経正義』)といい、天地未分化の混沌状態の混沌が、即ち「太極」であると定義する。
要するに「易」では、混沌を太極として捉え、中国創世記はいずれもこの「混沌」「太極」の一元から陰陽二気、あるいは天地乾坤の二元の派生を説くのである『易・五行と源氏の世界』56頁(人文書院)
「太極」
宇宙の大元気・宇宙を構成する陰陽二元気の根本▲大道・大易・大儀・大虚。
「太極」唐・睿宗、李旦の年號(712年)。
『大漢和辞典』
ここで「太極」の私なりの現代的解釈を述べる前に「唐▲睿宗▲李旦の年號(712年)」記述に注目してください。
この記述も、これまでの日本の殆どの歴史学者、また歴史小説家も私の見渡した限り、この歴史的重要な元号を重大視せず、見落とされている。 学術書、美術書その他あらゆる参考文献の巻末年表に、この歴史的“太極”の年号が掲載されて無かったのです。
いかに「寶」の存在を知る事が無かったとは言え、まさに、この中国文明の神髄その象徴の年号が脱落していた事は、全く中国文明の何たるかを理解していないと言われても仕方の無い、驚くべき史実であった。 ・
私自身も、平成11年9月5日の最終仮本完成時迄、太極、混沌宇宙に完全にさ迷いこの記述を完全に見落としていたのであるが・・。
最終仮本完成後、病床にて、この中国文明の神髄を現す“太極”の年号捜索に思案が至り、『新字源』(角川書店)中国年号一覧表で遂に発見したのである。(但し同辞典・巻末「中国文化史年表」にも太極は掲載されていない、また他の殆どの著書における巻末年表には712年「先天」とある)
まさに歴史的、年号の剥落であり、中国研究のブラックホールであった。 後世この太極の年号、脱落は日本における中国研究のあらゆる関係分野の研究者の痛恨事として印されるであろう。
いずれにしても、この李旦とは玄宗皇帝であり、睿宗は玄宗の父です。
この二人に太極の年号を追号していたのである。
即ち二人の皇帝は、歴史に現れてはいないが、この神噐・太極「寶」制作に深く関わっていたため、この年号が贈られていたのである。
いずれ、これらの神噐「寶」に関わる歴史的事象の一つ一つは、今は唐代史の断片としてしか捕らえる事が出来ず、歴史の全貌を観るには、まだ十分では無いが、貴方が全てのコードをアクセスし終えた時、太極「寶」は、漢文化の金字塔として、その巨大な姿を現すであろう。
さて吉野博士の解説に「太極」は混沌とあり、『大漢和』の解説に大道・大虚などが見えます。
太極の私見を述べる前に、今一度★コード(1)「神噐」を念頭に置いて下さい。
『大漢和』神噐の解説Aに無形無方之器・合成也とありました。
“形無く、角も無い器”しかも“双方を合わせ成る”不可思議な器、私はこれを“混沌の器”と読みとっております。
吉野博士の解説は太極イコール混沌です。さすれば「神噐」は「太極」・「太極」は「混沌」・「混沌」は「神噐」となります。
さて太極は混沌状態の宇宙、“天地未分”の“混沌宇宙”です。
太極の「太」は「大」に通じ、果ての無い“無限大の宇宙”を意味しております。
また「極」は、原子核の様に“極限の宇宙”を意味します。
この無限大宇宙と極限宇宙が一つの状態、その様な想像を絶する混沌状態の宇宙を“太極”と言います。
無限大宇宙が究極状態の宇宙と同時にある訳ですから、その極限宇宙は“質量無限大”の宇宙となります。
現代宇宙理論はアルバート・アインシュタインの相対性理論から導き出された宇宙創世・質量無限大のビッバン宇宙に辿りついた。
まさに、宇宙の始まりビックバン宇宙は天地未だ分けられていない混沌の宇宙であり、まさに太極宇宙と同じであります。
神噐の「器」は、即ち道具の一種です。
古来、道具とは「道」を“具現”したものです。
“道”とは、道教の教えの真理です。
日本では、神道・茶道・華道・柔道・武士道など“道”を用いた言葉が多くあります。
それはさて置いて、この項『大漢和』の「太極」の解説に“大道”があります。
さすれば「大道」とは「太極」イコールです。
即ち中国約1300年、唐代・道教茅山派13代目、司馬承禎と言う謎の大宗師が、この神噐・太極「寶」で、現代宇宙理論の辿りついたビックバン宇宙を既に観ていたのであります。
そして時の皇帝、玄宗皇帝の勅令により、神噐の道具として「道」・太極の具現を命じていたのです。
いずれ、この陶磁器が質量無限大宇宙、ビックバンと同じ奇跡の焼き物であるか、また印面に印された九文字が天文学的確率の中から創造されたものなのかは、いずれ漢大宇宙の惑星群で、解説いたす所存です。
いずれにしても、太極は、現代宇宙理論が辿りついたビックバン宇宙なのです。
大和航海日誌 平成12年4月12日
|